リ・エディットの提案
視点を変えてメディアを見直す

スマホでクオリティはプロ級!
でも動画の本質ってなんでしたっけ?

今や映画の撮影にスマートフォンが使用されることも珍しくありません。大型で高価なカメラなしでは高品質の映像が撮影できなかった以前と比べ、「動画」は私たちにとってこれまでとは別の何かに変容しているのかも知れません。いずれにせよ、これで「動画」の制作も配信もプロのクオリティを手軽に実現する環境は手に入ったことになります。でも、これで「動画」は「私たち」のものになったといえるのでしょうか?

スマートフォンのメーカーは、自社のモデルのあらゆる可能性をユーザーに示唆します。しかしユーザーがその機能を使って表現しようとするものは、「テレビ番組のようであったり」「ハリウッド映画のようであったり」するものが多い印象です。しかも「それらしく」仕上がれば仕上がるほど、動画自体の評価も上がっているように思えます。

ただ、こうした動画はやはり、「誰かが作った動画の複製」でしかありません。必ずしも複製が悪いとは限りませんが、機材や環境に差がない現代とこれからの社会において、複製の価値はより低下していくリスクもあります。では真に「私たちの動画」といえるのはどんなもので、どうすればそれを作れるのでしょうか。

ビデオカメラとは、スタートボタンを押せば録画が始まり、ストップボタンを押せば録画が止まる、ただそれだけの道具です。そのような道具を使って、大事件が起きようと起きまいと、有名俳優が登場しようとしまいと、誰もが簡単にできることを考えてみてください。

きっとそれは「現実を定義する」ということだと思います。目の前のものごとを撮影者がどう「定義」してどのような形で「記録」するのか。動画の良し悪しもそれで決まるといえます。「動画」のフレームと時間を決定するのも撮影者自身で、そこに集約されたすべてを自分自身で確認すること、そして他人と共有すること。それが「動画」の本質です。

私たちの手には既に最高の機材があります。上記のような動画の原点に立ち返れば、自分自身が発見したことや伝えたいことを最高品質の「動画」で記録し共有することが可能です。

私たちはそんな野心的な皆さんの挑戦をサポートします。

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